大阪府立勝山高等学校 首席 大谷登

相撲の授業を通じて、まず生徒が変わっていき、それによって学校が良い方に変わっていく。これもスポーツの力だからこそ実現出来ることだと思います。

大阪府立勝山高等学校 首席 大谷登

クラスの中には気が弱い子もいれば、強い子もいる。でも土俵の中に入ると対等になるんです。日頃おとなしい子でも土俵に入ると闘争心むき出しでガツンと頭からぶつかっていく。

―大阪府立勝山高校では長年、相撲を授業に取り入れておられるということですが、生徒さんの反応など如何ですか?

 私自身、本格的には高校で相撲部に入りまして、大学でも日体大相撲部でした。卒業してから、大阪の高校や定時制高校での勤務を経て、今の大阪府立勝山高校で勤務することになります。そして北川憲一郎さんが学校長の時、平成19 年にこの道場が出来、僕が相撲部を見させて頂くことになったんです。残念ながら今は部活動としてはやっておりませんが、授業としての相撲はそのころからずっと続いています。男子は1年生の2 学期までが相撲の授業ですね。その後は柔道の授業になります。女子は柔道の授業があります。10 年以上もやっているので、勝山高校には相撲の授業があるということを上の先輩から聞いている人も多く、まあしょうがないと思ってやってくれているんじゃないですかね(笑)。もちろん興味を持って積極的にやってくれる生徒も沢山います。だから、男子生徒がまわし姿で歩いていても、女子生徒は殆ど違和感を感じていないんじゃないですかね、それくらいこの学校では相撲が定着しているんです。女子生徒でも、「先生、まわし巻いてみたい」って子が毎年何人かおりますね。体操服の上から実際巻かせてあげると、凄く喜んでくれます。土俵には女性が入ってはいけないという考え方が当然プロの世界にはあるんですけど、ここではそういうことは関係なしで、生徒たちが興味を持ってくれるのであれば、それを最優先させています。毎年12 月に相撲大会(女子は柔道大会)をやっているのですが、大きな怪我もなくここまでこれました。激しくぶつかることが多いので、もちろん怪我を予防するための技術指導も行っていますが、それ以上に生徒たちが自主的に考えてやってくれています。相撲って、ぱっと仕切った時に強い弱いが大体分かるもんなんです。そうすると力の強い子は力の弱い子に対して、教えなくても少し加減しながらやってくれていますね。

―生徒さん達に相撲を教えていく中で、どのような気付きがございましたか?

 最初は授業で相撲をやるということで、生徒たちにとっては取っ付きにくいかなと思っていたんですが、やってみると意外と抵抗感がないようですね。そんなに嫌がらずにやってくれます。もちろんただ技術を教えるのではなく、様々な工夫をしているのですが、特に相撲の歴史や一つ一つの所作の意味をしっかりと教えてあげると、凄く興味を持ってくれます。例えば、もみ手で拍手して両手をはねのようにして広げる塵手水(ちりちょうず)という動作があるんですけど、これには武器を持っていないということを相手にアピールする意味があるんです。 その他、四股を踏むということは、その地の悪霊を上から踏みつぶしてるという意味があり、だから相撲は神事なんだということ。そういった話をしていくことで興味を持ち、テレビで相撲中継を見て、感想を言ってくれる生徒もいたりしますね。そうやって相撲が好きになった生徒は、授業に早く来るようになりますね。あとは、言葉遣いが変わります。敬語もそうですが、正しい言葉で話すようになっていくんです。もう一つ特徴的なのは、クラスの中には気が弱い子もいれば、強い子もいる。でも土俵の中に入ると対等になるんです。そしてその子の本質がすごく表れます。日頃おとなしい子でも土俵に入ると闘争心むき出しでガツンと頭からぶつかっていったり、最初は弱くてもなにくそという気持ちのある子は、自分で身体を鍛えるようにもなります。逆にいつもはやんちゃしていても、土俵の中では躊躇してしまい、でも恥ずかしい想いはしたくないので、端に座って見学してたりする生徒もいますね。どちらが良い悪いではなく、人の持っている本質、性格が土俵の中ではそのまま出るということなんです。

何人の生徒を国体に出場させたとか、全国大会で優勝したとか、そういうことに重きを置く考え方もありますが、それ以上に、高校生活3年間の中で、どう愛情をかけてあげて、個々の人格を完成させてあげられるかの方が重要

―相撲や柔道という武道が勝山高校の教育の軸の一つになっているんですね。

 そうですね。体育の授業では、相撲や柔道を通して、挨拶や言葉使いの大切さなど、社会性を身につけさせてあげる。そういうことを教えてあげるべきだと思っています。例えば、女子生徒には、柔道着を正しく畳むことから丁寧に教えています。そうすると、生徒たちはみんなしっかりやってくれるんです。やはり、教育というのは、綺麗ごとばかり言うのではなくて、生徒たちにどのように伝えてあげるかが大事ですよね。あと、相撲の授業をしていると、生徒と親しみやすくなり、近い距離で教えることが出来るので、しっかりとしたコミュニケーションがとれるんです。サッカーや野球と違って、小学校から相撲をやっていましたって子が殆どおらず、みんなが出来ないというところからスタートするのが良いんだと思います。相撲の授業を初めて導入する際、反対意見も含めて沢山の方からアドバイスを貰いながら進めてきましたが、こうやって生徒たちが変わっていく姿を見ていると、やってきて良かったと思います。

―指導者が大事にすべきこととは

 とにかく色んな生徒がいます。真面目な子もちゃらんぽらんな子も、大人しい子もいればやんちゃな子もいる。でも、だからこそ、一人一人愛情をかけて接していく。相撲もそうですし、スポーツは勝負ごとではありますが、勝敗や技術だけではないですからね。それが公立高校の指導者としては一番大事かなと思います。何人の生徒を国体に出場させたとか、全国大会で優勝したとか、そういうことに重きを置く考え方もありますが、それ以上に、高校生活3年間の中で、どう愛情をかけてあげて、個々の人格を完成させてあげられるかの方が重要だと思っています。相撲部が活動していた頃は、一度入部した生徒は絶対辞めさせないという気持ちで接していました。試合に勝っても勝てなくても、生徒たちへかける愛情は同じ。勝敗に左右されることはありません。今振り返ると、相撲部の生徒たちとは沢山話をしました。稽古で泥だらけになるので、そのあと一緒にシャワーを浴びたり、夏場はそのままプールに飛び込んだりもしました。だから生徒との距離はとても近かったです。そして 「お前どうしたの?今日しんどそうやん」とか、ちょっとした声を掛けてあげるだけで、生徒は「ちゃんと先生が見てくれている」って感じとってくれます。あとは身体を作ってあげること、つまり食事をしっかりとらせてあげることも大切にしていました。部活が終わった後、みんな呼んで昼ごはんを一緒に食べたり、土日なんかは鍋を囲んだり。あとは学校で合宿も頻繁にやっていました。僕がご飯を炊いてあげたりしてましたね。そしたら色んな話をしてくれるんです。そういうことを通じて、生徒たちは大きく成長してくれます。その成長を見るのが本当に楽しみですよね。一生懸命手を掛けて一人一人接していけば、その想いをしっかり吸収して卒業していってくれます。それに対して、表面的な言葉だけでは、生徒たちも忘れてしまいます。

「相撲の力で学校を変える」という想いでずっとやってきました。相撲の授業を通じて、まず生徒が変わっていき、それによって学校が良い方に変わっていく。

―今後はどのようなビジョンを描いておられますか?

 現時点(取材時令和元年6 月)では、具体的なことがまだ決まっていないのですが、来年(令和2 年)勝山高校と桃谷高校が統合することを受けて、学校の中身も色々と変わっていくので、相撲の授業は今年が最後になると思います。そうすると、今のところ今年の1 年生で最後の授業になるのかなと。ちょっと寂しいものがありますが。部活動として相撲を残していける可能性はあるので、もしそうなれば、どう活性化させていくかということに一生懸命取り組んでいきたいです。ここの土俵には、授業をやっている生徒以外にも、近所の子供たちが夕方になったら遊びにきたり、トレーニングをしにきたりすることもありますし、地域の人たちにサポートして頂き、ここまで続けてこられたという想いも強いので、なんとか残せていけたらいいですね。

―最後に、大谷先生にとってスポーツの力とは?

 スポーツの力を通じて生徒たちが変わっていく姿を沢山みてきました。性格や人間性そのものが凄く良くなった生徒もいるし、身体つきがガチっと大きくなった生徒もいる。スポーツの力は、まさに人を変えることの出来る力です。そして、私自身は「相撲の力で学校を変える」という想いでずっとやってきました。相撲の授業を通じて、まず生徒が変わっていき、それによって学校が良い方に変わっていく。これもスポーツの力だからこそ実現出来ることだと思います。

大谷登 おおたにのぼる

昭和35 年生まれ
昭和58 年日本体育大学卒業。
大学3 年生の時に全日本体重別で第2位