ブリングアップラグビーアカデミー ラグビー元日本代表主将 菊谷崇・箕内拓郎・小野澤宏時

スポーツの力とは「人との繋がり」。こうやって我々3人で一緒にアカデミーを開校出来たこともそうです。一つのことに対してみんなで集まって支え合う、それこそがスポーツの力、ラグビーの力だと思っています。― 菊谷崇

ブリングアップラグビーアカデミー ラグビー元日本代表主将 菊谷崇・箕内拓郎・小野澤宏時

まだ練習への動機付けがされておらず、ラグビーが共通言語になっていない子供たちに教えることの重要性。そこには沢山の課題、そして学びがあると思っている。―小野澤宏時

―今回は、ラグビー元日本代表の箕内拓郎氏、菊谷崇氏、小野澤宏時氏の御三方に集まって頂き、2018年4月に設立したスポーツ教育事業「ブリングアップラグビーアカデミー」についてお聞きしたいと思います。

菊谷崇(以下、菊谷)「現役時代からアカデミーを設立する話は何度かあったんですけど、なかなかタイミングや環境が合わず実現しなかったんです。それでも、ずっとやりたい気持ちがあった中で、我々三人が同じマネジメント事務所(J-ATHLET PULS)に所属することになったことを機に、全員の考えが一致したことでスタートしようということになりました。当然子供たちに色んなことを伝えていきたいということがベースですが、それに加え、プロ選手のセカンドキャリアとしてアカデミーのコーチという道筋を作りたいという想いもあるんです。

箕内拓郎(以下、箕内)「僕は引退したあとプロコーチとしてキャリアをスタートさせているのですが、二人が後身の育成や普及をメインで活動するので一緒にどうですか?と言われて、フルコミットは出来ないですけど二人がやるんだったら是非サポートしようと思いました。このアカデミーに対してそれぞれ役割がある中で、僕は現在の経験も生かしながら、コーチにとっての学びの場にしていきたいと思っているんです。

―国内ラグビー界におけるコーチの現状はどのようなものですか?

箕内「ラグビーは企業スポーツなので、例えば引退した後にコーチになることが出来たとしても、社員をしながらコーチをして、3 年くらいで結果が出なかったら、次に引退してきた人に入れ替わり、コーチを外されたら社業に戻る・・、そういうケースが多いんです。でも、近年プロ選手が増えてきている状況なので、引退した後のセカンドキャリアとしてプロコーチという選択肢もこれからは増やしていかないと思っています。その為には、もっとコーチとしてレベルを上げていかないといけないですし、その為の情報共有であったり、海外研修も含めて、日本人プロコーチの横の繋がりを作りたいんです。」

小野澤宏時(以下、小野澤)「昨年は16 チーム中9 チームが外国人監督で、外国人によって組織化されたチームが半分以上を占めていました。それは何故というと、1 チームおよそ年間20 億円くらいの予算を、引退したての素人コーチに任せられるのか?そうなるくらいだったら外国から連れてきたプロコーチ陣の方が確実だろうと。要は一歩目を踏み出せないんです。
僕らとしては、その一歩目を絶対に作らなければいけないという危機感から、箕内さんに相談し力を借りようと思ったんです。あと、菊ちゃんとは、アンダーカテゴリーのコーチングについて色々話をしますが、この世代は非常に難しいんです。何故なら、練習への動機付けが出来る高校生、つまり上を見ている選手には方法論をどんどん提供していけばいいのですが、まだ動機付けがされてない小学生なんかは、僕らに対しても平気でつまんないって言ってきたり(笑)、そういう、ラグビーがまだ共通言語になっていない子供たちに教えることの重要性。そこには沢山の課題、そして学びがあると僕らも思っているんです。例えば、アンダーカテゴリーを取り巻く環境・・・、ラグビースクールって、週末に父母によるボランティアコーチが教えているケースが多いんですね。つまりラグビーへの入口の部分が一番充実していないという状態なんです。それを否定する訳ではないですが、せっかくトップ選手は面白い練習をやっているので、それを上手くアンダーカテゴリーに還元するサイクルを作ることで、もっとラグビーを普及していく質が上がると思うんです。それらの意見が、ちょうど二人と一致したのでアカデミーをスタートさせたんです。」

―ラグビーを始める子供たちの人口は増えているんですか?

菊谷「小学生は増えていると思います。2015 年のワールドカップ(イングランド)の影響が大きかったですし、そして今年は日本開催ですから増えていくと思います。」

小野澤「僕らの子供のころよりは、ラグビーの教育的価値を認識している親御さんが増えていると思います。特にそれは我々のアカデミーの調布校(東京ウエスト校)の方で感じますね。」

箕内「逆に中学になると受け皿が少ない印象ですね。せっかく小学生の時に楽しさを覚えたのに中学で辞めちゃうケースも多いと思います。」

菊谷「学校に部活も少ないし、地域にラグビースクール(クラブチーム)があっても、どうしても中学校の(ラグビー以外の)部活に入ってしまうという状況が多いですね。高校は部活として盛んなのでまた増えるんですけど、この中学時代の3 年間が勿体ないですよね。」

小野澤「学校の教育(体育)の現場でも同じ。タグラグビーが小学校の授業であって、高校ではラグビーの授業があります。でも中学には殆ど入ってきていなかった。今年から、お試しということでタグラグビーが徐々に採用されつつはいるようですけどね。」

―ラグビーはコンタクトスポーツという印象が強いのですが、いつ頃(どの世代)から練習に取り入れていくものなんですか?

小野澤「僕の考えとしては、確かにコンタクトが非常にクローズアップされる競技ではあるんですけど、それよりもまず〈チームでボールを運ぶ〉ことが重要なんです。しかもラグビーは、ボールを運ぶスキルに特殊性が無いんです。例えばサッカーやバスケのドリブルというのは、幼少期からやっていた人にはなかなか勝てないですよね。でもラグビーの場合、鬼ごっこのようにボールを持って逃げることは、誰でもすぐに出来る。だからこそ、パスの質や人と人との関係性、コミュニケーション力を高めていかなければいけない。チームでボールを運ぶという面白さや本質が分かってくれば、高校でコンタクト強度の高いことをやってくれればいいと思います。まだ成長段階ではコンタクトより、球技としての面白さや、ボールを繋ぐことを大事にしたい。そういう意味ではタグラグビーは最適だと思いますよ。」

菊谷「僕らのラグビーアカデミーでも基本的にはコンタクトの練習はしてないです。中学生からは身体も少しずつ出来上がってくるので、安全にタックルする為の方法を提供していこうと思いますが、それも、まずは声掛けが出来てから。小学生に関しては完全に、〈コミュニケーション能力を養う〉という方針でやっています。もともとアカデミーを立ち上げるときに、人間形成や対人間スキルを養うということを大きな方針としてスタートしているので、僕らとしてはぶれていないですが、ラグビーアカデミーという名前なので、タックルなどのコンタクトも練習メニューにあると思われる保護者の方も多いようですね。」

小野澤「当然、タックルに繋がっていく補助運動みたいなことは要素として散りばめているんですよ。例えばコーディネーショントレーニング。そこでの考え方としては、近寄る能力が無いから飛び込んじゃう。飛び込むとコントロールが効かなくなるから怪我をする。そうではなくて、みんなで近寄るにはどうしたらいいかを考える。手つなぎ鬼みたいな要素の方が重要なんです。

菊谷「実際、僕も日本代表でずっとやってきて、一人でディフェンスに行ってタックルで止めることが出来た試しは一度もないですよ。みんなでコミュニケーションをとって、ラインをコントロールして、それではじめて止めることが出来るんです。止める時の最後のシチュエーションにコンタクトが入るだけなんです。」

箕内「アタックでも同じです。あたりにいく必要はない。出来ればあたらずパスして、スペースにボールを運んでトライに繋がるのがいいですからね。大学や社会人になって身体が大きくなっていくと、どうしてもスペースがなくなるので、スペースを作る為にあたりにいくことが多くなるんですけど、子供の頃なんて身体も小さいし、いくらでもスペースありますからね。」

菊谷「しっかり声を出して仲間を呼べていたのか、連携をとりながらパスを回そうとしていたのかが大事。パスが通らなかったときによくあるのが、何でパスしないんだよ!って怒っちゃうケース。じゃなくて、もっと他にコミュニケーションの取り方があったかもしれない、次はどうしたらいいだろうか、そういう考え方が重要です。」

小野澤「〈ミスに厳しく〉って色んな競技でも言われるんですけど、厳しくの受け取り方が違うんです。何やってんだよ!というのは言い方が厳しいだけ。それは結果しか抽出していなくて、そうじゃなくて自分たちが何で上手くいかなかったかということについて、より厳しく検証していかないといけない。何が悪かったのかを次に向けて厳しく自分たちで問い詰めていくってことの方が大事なんです。トップになると、それが重要だってわかっているから、すぐに集まるんです。ラグビーの試合を見ていたら集まっているシーンが多くないですか?あれって毎回そういう確認をし合っているんですよ。だからアカデミーの子供たちに対しても、コーチングするというより、チームトークのファシリテーターみたいな形で接することが多いですね。」

箕内「そうすると初めは、誰も発言しなかったんですよ。でもある時期から自然とその中でリーダーみたいな存在が出てきて話し合いをするようになってきました。それが本質なんです。いくらスキルを持っていてもコミュニケーション能力がないと困りますからね。そういうのを子供のころから身に着けておけば、スキルや体格が伴ってきたときに、一気に力を発揮するのかなって思います。」

菊谷「色んなコーチや現役選手がアカデミーを見学に来てくれるんですけど、彼らに指導を任せてみると、円陣の中に入っていって、こうしよう!ああしよう!って言っちゃう人もいるんです。でもそれは違うんです。答えを与えるためのアカデミーではないので、集団としての問題解決をコーチがしてしまうと意味がない。そういう事は、コーチとしてのスキルを上げたいと思っている人たちにとっても新しい気付きになると思います。」

ラグビーは人生の教科書みたいなもの。僕は間違いなくラグビーの力で人生を豊かにしてもらった。これからの人生でもし方向を見失いそうになったら、常にこの教科書を見直し、前に進んでいきたい。―箕内拓郎

―いよいよワールドカップ直前ですが。

菊谷「もちろん日本代表が活躍してくれることを期待しています。あとは、ワールドカップが日本で開催されることによって、ラグビー人気にまた火がつくチャンスなので、そこをしっかりと活かしていきたいです。僕らのアカデミーがその時の受け皿になれるよう、良いものを提供していければと思います。」

箕内「我々のアカデミーとワールドカップを関連づけて話すならば、やはりアカデミーの子供たちに本物のワールドカップを間近で魅せられるというのは非常に凄いことだなと。僕自身、オーストラリア(2003 年)とフランス(2007 年)のW杯を経験したんですけど、やはり空港に降り立った瞬間から雰囲気が違っていて、選手としてもの凄くテンションが上がる体験をしました。そういう空気感の中に子供たちが居れることが素晴らしい。あとは、開幕戦が行われる東京スタジアムは、我々がアカデミーをスタートさせた調布市にあるので、そういう意味での想い入れも強いですね。」

小野澤「開催期間が44 日間と長く、長期滞在される外国人の方も多い。1 週間に1 回しか試合がないので、その期間に異文化を日本全体が体感できると思います。そういった文化交流にも期待しています。」

箕内拓郎 みうち たくろう(左)
ラグビー元日本代表主将。ワールドカップ2003・2007 に主将として出場。日本代表48 キャップ。2006 年に世界選抜選出。2016 年にはサンウルブズのスポットコーチも務めた。

小野澤宏時 おのざわひろとき(真ん中
ラグビー元日本代表。ワールドカップ2003・2007・2011 に出場。日本代表81 キャップ( 日本歴代2 位)。55トライ( 世界歴代4 位)。ラグビー7 人制ワールドカップ2005 に出場。

菊谷崇 きくたにたかし(右)
ラグビー元日本代表主将。ワールドカップ2011 に主将として出場。日本代表68 キャップ( 日本歴代5 位)。ラグビー7 人制ワールドカップ2005 に出場。現在は高校日本代表のコーチを務める。